「takenaka coffee」はコーヒー豆の専門店。自家焙煎のおいしいコーヒー豆をお届けします。
takenaka coffee

プロフィール

珈琲豆専門店 takenaka coffeeの開業までの道のり

自家焙煎コーヒーとの出会い

1969年 大阪市鶴見区生まれ。

 

以前は、インスタントコーヒーや缶コーヒーで十分満足していました。

 

しかし、はじめて自家焙煎店のコーヒーを飲んだ時、今まで飲んでいたコーヒーはいったい何だったのだと愕然としました。

 

本当のコーヒーというものはミルクや砂糖を入れなくても、ほんのりと甘みを感じ、やさしいフルーティーな酸味が心地よく、後口がなめらかに感じるものだとその時初めて思いました。

 

それまで飲んでいたのはコーヒーではなく、あれは砂糖とミルクという調味料の入った「黒い液体」でしかなかったのだと思いました。

 

それ以来、いろいろなお店でコーヒー豆を入手しては飲んでみました。が、納得できるコーヒーになかなか出会えませんでした。もっとおいしいコーヒーはないかと探し求めていくうちに、とうとう自分で焙煎して美味しいコーヒーをつくろうと思い立ちました。

「手網焙煎」から「煎っ太郎」へ

はじめはぎんなんを煎る手網焙煎から始めました。

 

煎りムラが出来ないように、20分から30分ひたすら振り続ける。鍋振りの練習のようにただ振り続ける。焙煎終了後には、うちわを仰いで冷却する。

 

試飲してみると、近くのスーパーでパック詰めされたレギュラーコーヒーと比較すると断然美味しい。しかし、納得できる味には程遠い味ある。どうしても「スカスカの抜けた味」、「炭酸の抜けたコーラ」のような感じがでてしまう。

 

家庭用コンロでは火力が弱いのだろうか?

 

そう思いついに、電動の小型焙煎機「煎っ太郎」を購入する。

煎っ太郎で焙煎の日々

煎っ太郎
煎っ太郎

 「煎っ太郎」を購入後、日々焙煎に明け暮れました。


以前のような「スカスカの抜けた味」はなくなり、熱効率がよくなり、1回の焙煎時間が13分から15,16分まで短縮。

 

しかし、また新たな別の問題にぶち当たりました。

 

それは、『煙の問題』です。

 

煎っ太郎は生豆で最大500gまで焙煎できますが、余裕をもって300gで焙煎してもかなりの煙が出てしまいます。台所の換気扇だけでは間に合わず、部屋じゅうが煙で充満。

火災報知機が誤作動しないかとか、近所からの苦情や消防署に通報されないか心配でいつもヒヤヒヤでした。

 

そういう思いをしながらも「煎っ太郎」で200回以上、焙煎を試みそれなりにおいしくできるようになりました。

 

しかしどうも違う、燻り臭がどうしても豆についてしまう。

燻り臭?何故か?

排気ダンパー
排気ダンパー

その疑問を解決させるために、近鉄電車に乗って大阪の焙煎機メーカー富士珈機の焙煎セミナーに10回通いました。そこでは業務用の小型焙煎機を使わせていただき、焙煎練習。

 

そして、ようやくその疑問が解けました。

 

『排気』だ。

「煎っ太郎」には排気機能が付いていないのだ。

 

『焙煎は火力と排気と時間のバランスが大切だ』とわかり、さらなる味を追求するには「煎っ太郎」では性能的に限界を感じました。

半熱風3キロ焙煎機の購入と開業決意

半熱風3キロ焙煎機
半熱風3キロ焙煎機

「煎っ太郎」での焙煎に限界を感じ、ついに、フジローヤル製半熱風3キロ焙煎機を購入して自家焙煎珈琲店を開業することを決意する。

 

焙煎機を購入後は、試行錯誤しながら『火力・ダンパーの位置・焙煎時間』のデータをとり、味の確認の繰り返しの日々・・・。


いったい何十キロという豆を無駄にしてしまったことだろうか。破棄したコーヒー豆の重みが両肩にのしかかりながらも、試行錯誤の末ようやくひとすじの光が見えてきました。手網焙煎からはじめて約6年やっとに自分で納得できる焙煎が完成しました。

 

12年間勤めていた郵便局を退職し、ついに平成23年10月に珈琲豆専門店 takenaka coffeeのオープンをめざして準備を進めてきました。

別離と開業

珈琲豆専門店takenaka coffee
珈琲豆専門店takenaka coffee

開業するにあたってまず、物件探しからはじまり、店舗デザインを考え、仕入れ先探し、什器・備品の調達、ブレンドづくりなどやることがすべて初めてのことばかりなので、時間がかかってしまい一日中、開業準備のことやコーヒーのことばかり考えていました。

そんな状況の中、10月17日のオープンの日にちがようやく決まり、チラシもの準備も整い、いよいよこれから新しい日が始まるその23日前、妻が3歳3か月の長男と7か月の次男を連れて出て行ってしまいました。

忙しさのあまりに家庭・家族を顧みなかったため、子供をつれて東京の実母のところへ行ってしまったのです。修復を求め、何度も東京へ迎えに行きましたが、いったん切れてしまった糸はもう元通りにはなりませんでした。

それから、5か月後に正式に離婚し、2人の子供は東京へ、私はここで一人で寂しく、お店のオープンを迎えることになってしまいました。

 

オープンはしたものの、現実は予想以上に厳しいものでした。半年が経過しても、お客さんは少なく売り上げがゼロという日が何回もありました。

お店が忙しければ、子供がいなくなった寂しさも紛らわすことができるのにそれもできず、夜ひとりで寝るときは寂しさが倍増し、涙を流した日々を過ごしていた時期もありました。

そんな時、オープン以来ずっと来ていただいているお客様のうちの一人が「ここのコーヒーはおいしいわ。ほかのコーヒー屋さんで買って飲み比べたけど、ここが一番おいしいわ。と笑顔で言ってくれたその言葉に励まされ、もっと多くの人に喜んでもらおう、おいしいコーヒーで笑顔になってもらおうと新たに決意しました。

しかし、貯めていた貯金も底を尽きかけていたので、遺産相続を放棄する旨の念書を書く条件で父に300万円を融通してもらい、何とか再出発することができました。

再出発

感謝の手紙
感謝の手紙

まずは、お店の存在を知ってもおうとチラシを作成し、開店前の時間や休みの日を利用して一軒一軒、毎日地道にポスティングををやり始めてから徐々にお客様の数が増え、常連様も増えてきました。

 


そんな地味な活動を始めてから6か月経ったある日、一本の電話がありました。

 

「貴店の『合格祈願コーヒーバッグ』について取材をしたいのですが。」と中日新聞記者からの取材依頼の電話でした。半信半疑に思いながらも、新聞に載れば多くの人にお店の存在を知ってもらえるチャンスと思い、取材を受けることにしました。

自分の大学受験失敗の苦い経験から、受験生にはぜひ合格してほしいという思いを込めて考案した『合格祈願コーヒーバック』が新聞に掲載され、多くの方から反響・ご注文がありました。

ご注文いただいた中の一人の受験生とそのお母さんから「合格しました。ありがとうございます。」という感謝のお手紙をいただいた時は、心の底からうれしかったです。

自分の作ったコーヒーでこんなに喜んでもらえるとはとうれしくなり、もっと多くの方に喜んでもらおうと日々コーヒーを焙煎しています。

コーヒー好きが高じてお店を始め、家族や子供たち寂しい思いをさせてしまった「コーヒーバカ」の焙煎するコーヒーで、お客様に「笑顔」と「感動」を与えます。これからも「笑顔」と「感動」を与えるコーヒーを作っていきますのでよろしくお願いします。

現在

東京に住んでいた子供たちも、今は愛知県豊橋市に住んでいます。
月に一度の臨時休業のときは、いまでは小学生になった7歳の長男と5歳の次男に会っています。

ご不便おかけしますが、よろしくお願いします。

愛知県名古屋市の隣の蟹江町で自家焙煎コーヒー豆を販売している珈琲豆専門店【takenaka coffee】の竹中です。コーヒー豆は高品質スペシャルティーコーヒー豆を使用しており、私が責任をもって丁寧に焙煎しています。またコーヒー豆の販売だけでなく、コーヒー器具の販売、業務用コーヒー豆の販売、コーヒー教室もやっております。

 

質問、疑問がございましたら、ご遠慮なくお問い合わせください。 迅速に対応いたします。

オーナー兼焙煎士  竹中 道広